Vol.20 ラグタイム・ミュージックが引き起したダンス・ミュージック

その一つがダンス・ブームである。勿論、それまでにもダンスがなかった訳ではないが、余程上手な人でなければ踊りに参加することを躊躇するような雰囲気があった上にダンス一般が、そんなに容易ではなかったのである。
  こうしたワルツやポルカといった音楽しかなかった社交ダンスが、いかに堅苦しいもので一応、人と一緒に踊ってもおかしくないと決心して踊りに参加するまでに いかに多くのエネルギーと大きな決意が必要なことであったかは、昔、社交ダンスをいくらかでもやったことのある人は記憶のあるところだろう。
  そうした状況を 2/4と4/4拍子のラグタイム・ミュージックの登場は、アッという間に変えてしまったのである。このシンコペーションが特色のシンプルなリズムの音楽は、まさにそれまでの音楽に比べれば、身体を動かすのに非常に適したものだったからである。
  リズムに乗って身体を動かしているだけでダンスになるーラグタイム・ミュージックには、そうした特色があった。だから人々はそれぞれ自分勝手に新しいステップを作り出しては、その格好が似ているものの名前を冠して”これぞニュー・ダンス……”とやっていたのである。七面鳥が歩いている様に似ているからターキー・ストロット、熊の様な格好をするから、グリズリー・ベアー、兎を抱きかかえるような仕草をするから、バニー・ハグ、ラクダが歩くようだから、キャメル・ウォーク、アヒルの動きのようだから、レイム・ダック……etc. etc.といった具合に。
  頂度、この様子は、ロックン・ロールが登場した後、マンボやチャ・チャ・チャといったラテン・リズムのダンスと共にトゥイスト、ジャーク、マッシュド・ポテト・フライ、モンキー、ロコ・モーション……などなどあらゆる形のダンス・ブームが起こった事と非常によく類似しているのである。(そしてまた最近のあるアメリカの広告代理店お調査によると1980年代にはアメリカで再び社交ダンスが流行する、という予測がされる、という結果が出ているというが、その事と最近音楽シーンに大きなエネルギーを注入させている、テクノ・ポップと呼ばれる、エレクトロニクス・ロックの登場とか、ラグタイム・ミュージック、或いは1950年代のロックン・ロールとダンスが結び付いていた様に一つの因果関係を持っているのではないか、と考えられるのだ)
  それは、ともかく、この1910年代初期のダンス・ブームは、一人のスターの登場で益々、エスカレートされる。後に作曲家として名を成す、シグムント・ロンバーグだ。
  1912年、彼はバスタノビーズというニューヨークでも有名なレストランのサロン・オーケストラのリーダー兼ピアニストとして雇われるが、彼がラグタイム・ミュージックを演奏しだして以来、バスタノビーズのフロアで踊る客が急増し、店はダンス・フロアのスペースを拡げなければならなくなったり、食事よりもダンスが目的でやって来る客の方が多くなったり、この繁盛ぶりを見て同じように踊れるスペースを多くとったレストランが数多く誕生した他、ダンス専門のキャバレーなどが登場する……という連鎖反応を呼び起こしたのである。シグムント・ロンバーグのバスタノビーズでのサラリーが週給50ドルから一挙に3倍の週150ドルにハネ上がったのもその連鎖反応の一つと言えるかも知れないが……。